あらかたひとりのブログ

のんびりひとり暮らししています。

あるいは牡蠣でいっぱいの海

男が逮捕された。

 

その容疑は「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」だ。

 

この法律は遺伝子組換え生物等を使用等する際の規制措置を講じることで、生物多様性への悪影響の未然防止を図るものであり、具体的に言えば、遺伝子組換え生物の環境放出を伴う行為に先立ち、予定している方法によって生物多様性に影響が生じないか否かについて審査を受ける必要がある、といったものだ。

 

男は生物による水質改善に取り組む研究者であった。

 

水質の改善は流れ込む汚水を抑えることが肝要であるが、アサリや牡蠣といった生物による浄化も重要とされている。1個の牡蠣が1日に濾過する海水は約400リットルとも言われ、これは広めの浴槽いっぱいの水にあたる。牡蠣を筏から吊るして流れる水を濾しとってもらうことで、水質の改善が図れるのだ。

 

実証実験に先駆け、男にいたずら心が芽生えた。

 

遺伝子組換えを研究している大学時代の後輩にとある牡蠣を譲ってもらい、その牡蠣も吊るすことにしたのだ。この牡蠣は生物による発光現象研究の産物であり、ほの暗い部屋でほんの微かに赤く光る。この牡蠣を、自然の中に、筏から吊るしたらどうなるか。これが法に触れることは重々承知ではあったが、止められなかった。だが結果は予想していた通り、夜も明るいこの都心部では目を凝らしても光をとらえることはできなかった。だが男が求めていたのは自然の中に遺伝子組換え生物を放置することだったので、失望はなかった。

 

これが男が逮捕される5年前の出来事だった。

 

遺伝子組換えの何が功を奏したのか、今では沿岸は赤い光に彩られ、貿易船を経由して海外でもこの牡蠣が発見されるようになった。

 

この国に限らず、世界中で、あるいは牡蠣でいっぱいの海に。