あらかたひとりのブログ

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筆記は、紀元前3000年紀にはメソポタミアやエジプトで管理のために利用されていた。その媒体は前者では粘土板が、後者ではパピルスが使われた。

パピルスの原料は下エジプト特にナイル川デルタで育つカミガヤツリで、三角形の断面の茎をスライスして平面的に直行するように配置して、プレスをかけることでシート状にした。プリニウスによると20枚のシートを接着させて平均6~8mのスクロールを形成したという。スクロールを巻いたとき最も外側に来る部分は補強されるようになり protocol の語源となった。またシート内側は繊維が横に流れており、横に文字を記述するのに向くようになっていた。パピルス一巻で1500行ほどの劇を記述することができ、「アルゴナウティカ」などの本の長さはここから決められた可能性もあるようだ。

筆記媒体としての革もエジプトで使用されており、ペルシアやギリシアでも使用されるようになった。羊皮紙は、皮を消石灰に数日ひたし、肉と毛をこすり落とし、酸化カルシウムでこすり、木枠に張り軽石で滑らかにすることで得られた。パピルスの代替品としてペルガモンが生産・輸出したことがparchment の語源となった。

しかし古代ギリシア・ローマにおいてはパピルスが一般的であり、羊皮紙はそれほど利用されなかった。ホメロス以前からパピルスは知られており、イリアスオデュッセイアといった複雑な構成は、詩の執筆が存在していたことを示唆している(もちろんその披露は口頭であっただろうが)。そして紀元前6世紀後半には、ホメロスの権威あるテキストが存在していた。プラトンはその作品の中でせいぜい1ドラクマでアナクサゴラスのコピーが購入できると言及しており、クセノフォンはアテナイから多くの書物が輸出される様を記している。そしてこの流れはアリストテレスとその弟子たちの収集活動や図書館に連なっていき、アレクサンドリア図書館では書物の形式やレイアウトの標準化が行われ、その結果のひとつとしてタイトルの追加があったとされる。