あらかたひとりのブログ

のんびりひとり暮らししています。

行き届いた管理

「人類の悲願が今、果たされようとしている。」

 

博士は助手を前にして厳かに語り始める。助手はこの3年間、博士と共にこの研究に取り組んでいたが、その役割は博士の独り言を聞くことであり、研究内容についてはさっぱりわからない。ただいつも通り、博士の独り言を神妙に聞いている。

 

「人類は意識を手に入れて以来、穀物を管理し、家畜を管理し、水を管理し、森を管理し、微生物を管理し、空気を管理し、税収を管理し、睡眠時間や労働時間を管理し、思想を管理してきた。」

 

博士の傍には大きなヘルメットのようなものがあり、そのヘルメットからは何本ものチューブが天井に、壁に、床にのたくっている。

 

「しかし未だに管理されていないものがある。……それは腸である。」

「人類に管理されることで穀物や家畜はその役割を最大限果たし、その実りは有り余り掃いて捨てるほどだが、どれほど富める者でも適切な食事を心がけなければ肥満に、ゆくゆくは高血糖や高血圧に悩むことになる」

「これは腸の働きを意識できない、管理できないために起こっていることであり、もし腸の働きを意識できるようになれば、脂質や糖質の吸収を管理できるようになり、余分なエネルギーを溜め込まずに食事を楽しむことができるようになる」

 

博士は少し息を切らし、助手3人分はありそうなその腹を揺らしながら話し続ける。助手はこっそりガムを噛んでいるが、これは一昔前に禁煙補助食品として使われていたニコチンガムと同様の、肥満予防補助食品だ。

 

「腸の管理…… これこそ、人類の新たなる管理すべき原野である。」

 

そう言うと博士は椅子に腰かけ、頭上にヘルメットを引き寄せた。大きなヘルメットであるが、博士の頭がちょうど入るサイズになっている。チューブが触れ合いかちゃかちゃと音を立てる。

 

「さあ始めよう」

 

博士はかぶっているヘルメットに手を添わせ、左側に付いているスイッチ探り当てると、呼吸を整えてからカチリと押した。その瞬間

 

ビッパ

 

破裂音に助手は驚き、目の前の博士に注意を向ける。その間に博士からはドゥルルルという低いエンジンをふかすような音が聞こえている。……ひどいにおいだ! 

 

今、博士の意識はどうなっているのだろう。無意識下で腸が行っていることを意識化するときに、どこまで意識することにしたのだろうか。

 

例えば意識すれば呼吸を少しの間止められるといった、その程度の意識に調整したのではないようだ。もし「呼吸そのもの」を意識しなければならない場合、呼吸を止めることは死に直結するので「呼吸をしたい」という欲求は強い欲求として意識されるのではないか。あるいは呼吸を続けることに途方もない快感を感じ、決して止めたくないと意識されるのではないか。

 

小腸は消化し吸収し蠕動する。博士は今、「腸の働きそのもの」を意識しているのかもしれない。